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「足し算」する生き方
コミュニティ コミュニティ 2017.08.31

「足し算」する生き方

暑い。圧倒的に暑い。

長袖がないと肌寒かったケニアから帰国して、第一声はこれだった。空港に降り立った瞬間から全身から汗が噴き出す。ケニア、ナイロビの年間平均気温は16℃。赤道直下にありながらも、ケニアという国名の由来とも言われる5000m級のケニア山と隣の国タンザニア北部にある6000m級にも届こうかというキリマンジャロ山に挟まれた地理的条件が、赤道直下にもかかわらず心地よい気候を保っている理由だ。日本で何十回も迎えたはずの夏がこんなにも新鮮に感じられるとは夢にも思わなかった。

外から見て初めて気づくもの

ナイロビで自分が住んでいたお宅は随分と現地では裕福な家庭だったので、これまで、生活で苦労することはそんなになかった。それでも、もちろん、週に2度ぐらいは止まってしまう水と2週に一度ぐらいは止まってしまう電気には何度か苦しめられた。日本では当然のように消費されながらも、ある国では当然足りず、不足している。こういった体験は自分自身の生まれ育った環境をもう一度見直す契機になる。自分が日本にいた時には絶対に気づけなかった視点だと思う。また、自分が実際に経験していなくても、人との交流を通して、相手の立場に立って世の中を見てみた時に、初めて気づくこともある。

外になくて内にあるもの

日本にしかない特異なものは何も整備されたインフラだけじゃない。安全だってその一つ。ケニアでは日が暮れれば、危険だからとあまり外には出られなかった。アメリカだって、女の子は外出するときは近場でも車で!なんて地元民の声を聞いた。日本はやっぱり格別に安全なんだと思う。これも、外に行かずには気づけなかったこと。でも、実は海外になくて日本にあるものの中には良くないものだってある。マナーの悪いタバコ文化やコンビニのいかがわしい雑誌とかがその例だ。誰がどう見てもそこになくて良いだろうと思うんだけれど…。アメリカだって風俗の文化はあるし、タバコを吸う人もいる。でも、アメリカはいわゆる「そういうところ」に行かなければ、目に触れないように工夫されている。もちろん、そう言った雑誌や文化が直接、罪や悪だというわけではないけれど、日本はそういったものが誘発されやすいトラップが玄関を出てから最寄駅に着く前でにいくつも仕掛けられているような感じだ。この違和感にも海外に行ってみなければ気づくことはできなかった。

引き算ではなく足し算思考

日本人でありながら、日本が持っている特別なものに気づかないのと同じように、私個人においても、自分自身にはあって他の人にはないものってのもきっとあって、それに気づかないこともいがいに多い。日本のように他者と同質であるという共通認識が信じられている文化の中では、特に自分の持っている特別なものを自分を判断してしまう足し算で見るのではなくて、比較して引き算で。アレがないコレがない…と。自分の自分に対する評価は直接相手に対する評価にも適応されて、あの人はコレがないアレがないと判断してしまうこともしばしば。相手の足りないところが見えたとしても、どうやったら補えるかな?お!誰々なら助けになりそうだ!と、相手を助ける「足し算思考」ができる大人になりたいなと思う今日この頃。

この記事を書いた人 山本眞之亮 人の成長に興味を持ち、教員免許を取得するも、目下ケニアでサバイバル体験中。最近、人びとが織りなす調和と変化の妙味に、宇宙の神秘を感じてます。
ブログ :成らぬは人の為なさぬなりけり
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