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もしあなたが「たった一つの命だから」と書かれた年賀状を受け取ったなら
コミュニケーション 2018.01.21

もしあなたが「たった一つの命だから」と書かれた年賀状を受け取ったなら

いつの間にか「寒中見舞い申し上げます」の時期である。気がつけば、すっかり年賀状を書く習慣がなくなってしまった。まずい事なのか、これが普通なのか。それでも律義に年賀状を送ってくださる方がいる。そして元旦は年賀状が届くのを楽しみにしている自分がいる。

それにしても送り主はどういう訳か、決まって普段から忙しくされている方たちなのだから恐縮してしまう。時間を捻出して、かなり早い段階からきちんと準備を進めているのだろう。

新年になるや否やSNSで賑やかに挨拶をし合うのも楽しいが、そんな中で、予定通りにスッーと届けられる年賀状はやはり優雅で美しく感じる。

それに対してメールで挨拶を返したりするから、輪をかけて申し訳ない気持ちになるのだが、自分の場合は届いたものを1か月くらい机の上に置いておくのが常なので、何度も手に取って読み直すこともあり、やはり年賀状にはデジタルにはない存在感があるなと思う。

その中に「NPO法人 たった一つの命」から頂いたものも1枚。新年の挨拶の横に3月にある朗読会のお知らせが載せられている。そうかあれは戌年に出されたのかと、ふと気がついた。

12年前に出された年賀状

15歳の女の子が闘病中に書いた「たった一つの命だから」という文字。父親の年賀状のために書いたものだそうだ。その3か月前に骨肉腫の手術で利き腕の右腕を失っていたから、左手で書かれたわけだが文字はかなり力強い。

その年賀状を受け取った人が「この言葉の後になにを言いたかったのだろうか」と周りの人に問いかけると、とても良い言葉が返ってきたそうだ。それがきっかけで、後に繋ぐ言葉を自分なりに考えてみようという運動になっていき、今もたくさんの人に問いかけ続けている。そして心に変化を届けている。朗読会は、その問いかけに答えたいくつかのメッセージを紹介する時間だ。

「特定非営利活動法人 たった一つの命」HP

彼女は知り合いの娘さんで、私が出会った頃にはすでに右腕が無かった。前からその話は聞いていたけれど、実際に会ってみるとその肩幅のせいか年齢より幼い印象を受けて、手術はずいぶん怖かっただろうなと心が痛んだ。

それでも本人はとても元気そうで、近所で夏祭りがやっているという話が耳に入るやいなや、行かなくちゃとバタバタ出かけていった。その場面を覚えていたから、まさか癌の転移で余命が限られているなどとは思わず、その後亡くなったと聞かされた時は、なんとも信じられなかった。

「たった一つの命だから」のあとにどんな言葉をつなげますか?

今でもたまに考えてみる事がある。しかしなかなかうまくいかない。彼女の2倍以上長く生きているのに、後に続く言葉を答えられない不甲斐なさを感じる事もあるが、これからも考え続けていければと思っている。

「たった一つの命だから」に寄せられた感動のメッセージ

戌年の年賀状から12年。一人の少女が残した心をつなぐ命のメッセージが、今でも誰かに届いていると思うと感慨深い。この運動は「人と人の繋がりが命を生かす」「愛が命を生かす」という命の本質を考えさせてくれる。そうホームページには紹介されている。たしかにそうだなと思う。

リハビリ中に習った刺繍で「ネバーギブアップ」と綴った彼女の意志の強さを胸に、この一年、困難なことにも果敢に挑戦し、なにがあってもたった一つの命と一緒に生きていくのだ。

この記事を書いた人 関口オーギョウチ 埼玉在住。サブカルやマイノリティがつくるコミュニティに関心あり。矯めつ眇めつそこに宿る魂に触れたいなと思ってます。 関口オーギョウチの記事をもっと読む>>
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