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家族の絆、アーモンドの枝
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家族の絆、アーモンドの枝

「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」が東京都美術館で始ったようですね。今回の展示は、ゴッホと日本の相互関係を探り、その新たな魅力を紹介することをコンセプトとしているようです。年内に足を運べればなと楽しみにしていますが、いったんこの記事は少し別の切り口で、ゴッホとその家族についての相互関係について書いてみようと思います。

「フィンセント・ファン・ゴッホ 」世界が愛してやまないポスト印象派の画家。しかしその生涯で売れた絵は、わずか。聖職者として生きていくことを断念し、再起をかけて臨んだ画家としての人生も散々だったようです。そんな兄を献身的に支え続けたのが弟のテオ。

以前「画家たちの共同体」という記事でも書きましたが、どの画家たちもゴッホの独りよがりなユートピアへの招待に応じない中、ゴーギャンだけがアルルでの暮らしに踏み切ったのも、画商であったテオからの経済的支援にお膳立てされての事だったようです。

画家たちの共同体

フィンセントの誕生

ゴッホに稼ぎはなく、絵にかかる多額の制作費も、生活費に関しても、そのすべてを決して裕福ではないテオが捻出していたそうですし、精神的にも問題の多い兄に翻弄されることもしばしば。そんな中でテオに長男が生まれたことは、ゴッホとの関係の歪みに拍車をかけていったはずです。

それでも精神病院で療養していたゴッホが、子どもの誕生を祝して描いた「花咲くアーモンドの木の枝」は、少しムラのある青空を背景にしながらも、それを押さえ込んでしまうように、勢いのある丈夫そうな枝が八方に広がり、たくさんの新鮮な花が息づいています。死の半年前の、失意の中で描かれたとは思えないほど安定しているようですし、新しい家族の誕生への喜びと希望で溢れているように感じられます。またテオの家庭もその子どもに「フィンセント」とゴッホと同じ名前を付けているところをみると、単純には語れない、しがらみと絆の入り混じったような関係の強さが伺えます。

二人のフィンセントのために

そしてゴッホの死の半年後、テオもそれを追うように亡くなりますが、そこでテオの妻ヨーが、夫の遺志を継いでゴッホの作品を世に広めるために尽力したことも相俟って、次第に評価を獲得していきます。特にテオに向けて綴られた、いわゆる「ゴッホの手紙」を整理し出版することによりプロデュースされたゴッホは、ますます人々の心を魅了します。親密な間柄で交わされた手紙は、制作の経緯、意図、暮らしぶり、芸術への情熱や思想、苦しい内面の吐露などが含まれている最上級のキャプションとなり、ゴッホを特別な画家へと押し上げることになったわけです。

ただ個人的には、ヨーがどんな想いを抱えながら、それに取り組んでいたかについても少し気になっています。生きていた頃は、悩みの種だったはずの義兄。夫の献身の価値を証明するためなのか、一人息子を育てていくための選択だったのか。なんにしても家族の絆に支えられながら、挫折を繰り返したある男が「ゴッホ」になっていったことは間違いなさそうです。

この記事を書いた人 関口オーギョウチ 埼玉在住。サブカルやマイノリティがつくるコミュニティに関心あり。矯めつ眇めつそこに宿る魂に触れたいなと思ってます。 関口オーギョウチの記事をもっと読む>>