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オーナメントが繋げた記憶
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オーナメントが繋げた記憶

12月が近づくと、大人たちが「師走だ、師走だ」と慌ただしくしているのを横目に、子ども時代の私は毎日ワクワクしていたものでした。
特に、母がいつ押入れからクリスマスツリーのセットを出してくれるのか、なるべく早く出してほしい私は気が気ではありませんでした。
幼い頃は母と一緒にクリスマスツリーを飾ってきたのが、やがて成長と共に私の役目になり、自分なりに色の配色やオーナメントの配置などを考えながら飾りつけるのが、12月の大切なイベントだったのです。

手作りのオーナメントづくり

小学校3年にもなり、ちょっとした手縫いができるようになった頃から、私は母からフェルトを買ってきてもらっては、手作りのオーナメント作りをするようになりました。
赤、緑、黄、白などのクリスマスカラーのフェルトを使って、ひいらぎの葉やクリスマスツリー、茶と白で雪の積もった三角屋根の家なども作った記憶があります。
それらにひもをつけて、ツリーの枝に吊るしては満足していました。
子ども時代の私には、どうやら創造性を掻き立てる絶好の手仕事だったようです。

引っ越しと共に処分されたかと思ったら…

その数年後、引っ越しを契機に新しいクリスマスツリーを購入することになり、長年親しんだツリーについに別れを告げる時がきました。
人工のモミの木の細長い葉はだいぶ取れていたし、電飾もところどころ光らなくなっていて、私はいつしか大好きだったツリーが子ども時代よりぐっと小さく、つまらなく感じるようになっていたので、より大きなツリーが買ってもらえることに心が躍っていたのです。
新しいツリーは大きくて、オーナメントもピカピカで、電飾の数も多く、その年の12月は家族と一緒に新しいクリスマスツリーを飾りました。
そして、何度目かのクリスマスを迎え、いつしか古いツリーのことを忘れていきました。

まさかの奇跡が起きて

大学生になり、1年に数回しか実家に戻らない生活を送るようになった私は、ある年の12月に年末年始を過ごそうと実家に帰省しました。
家には、歳の離れた妹が例のクリスマスツリーを飾ったらしくリビングに置かれていて、青や赤や黄の電飾が交互にチカチカと点滅していました。
ふと、ツリーを見ると見覚えのあるものがいくつか枝に下げられていました。
最初は気づきませんでしたが、よく見ると私がかつて作ったフェルトのオーナメント達でした。でも、これを見たのはツリーを新調してから初めてだったのです。
「これ、どうしたの?」と聞くと、妹は「ああ、それ、この前物置部屋を掃除してたらお菓子の缶の中に入ってたの。なんか味出てるからお母さんに聞いたら、お姉ちゃんが小学生の頃に裁縫にハマって作ったものだから、取っておいたんだって。でもお母さんもずっと忘れてたみたいよ。」と教えてくれたのです。

一気にタイムカプセルを開けたかのような気持ちになり、取っておいてくれた母には言いようのない感謝の思いがこみ上げました。

この記事を書いた人 おおつかけいこ 教師歴10年の経験をもつ教育者。ライティングの「ものかき」でマネージャーを務めるほか幼児教室も主宰 おおつかけいこの記事をもっと読む>>