過去と他人は変えられませんか?
「この世界の片隅に」がアカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされたようですね。今回日本からは5作品がノミネートされていますが、話題性なども含め、そのなかでは有力候補ではないかと思われます。
クラウドファンディングで映画化に成功した「この世界の片隅に」。原作のマンガを描いたこうの史代は、広島の原爆投下を扱った作品「夕凪の街 桜の国」を発表し、文化庁メディア芸術祭で受賞したのを皮切りに、瞬く間にメジャーな作家の仲間入りをし、戦時中の市井の人々の暮らしを丁寧に描いた「この世界の片隅に」でもあちこちの賞に飾られてきらびやかな栄誉を受けました。それまではセキセイインコの飼育日記みたいなささやかな印象のマンガを描いていたので、一ファンとしては正直まさかの展開というくらいの驚きがあります。
こうの史代は座右の銘として「私は常に真の栄誉を隠し持つ人間を描きたいと思っている」を大事にしているそうです。田園交響楽を書いたジッドの言葉だそうで。これからもそんな人間の真の栄誉を描いた作品を読めることを楽しみにしています。
世界の片隅のあなたがオスカーをとっても
あまり注目されることはありませんが個人的には「長い道」という作品も素晴らしいと考えています。代表作となった「夕凪の街 桜の国」と「この世界の片隅に」の間に発行された「長い道」は、一般的にみれば期待外れの凡フライだったのかもしれません。ただ真の栄誉を隠し持つ人間という意味では、主人公の「みち」を描けたことは、作者的には大成功だったのではないかと思われます。
「過去と他人は変えられない」とよく耳にしますが、「長い道」はいつか傷つけあって、すでに他人となってしまった人の人生に、ささやかながら変化を届けるための物語です。ただ栄誉を受けるべき部分をあまりに隠し過ぎたこともあり、この作品がメディアから注目を浴びることは今後もないと思います。それでも、たとえばオスカーによって栄誉を得ることは素晴らしいですが、レッドカーペットからは程遠いところで「長い道」を歩き続けられることも、それはそれで幸せな事なのかもしれません。