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疎外する教育、受容する教育
教育

疎外する教育、受容する教育

学校にはいろいろな先生がいる中で、一見すると親からも指導力が高くみえる先生がいる。それは“疎外”を使った方法で、子どもを力技で指導する方法である。

〇〇〇できるよね?を求める先生

先生の一部には、子どもたちに対して「〇〇〇できる」ことを是としている人がいる。本来であれば、学校は学ぶ場所であり先生は教え導く存在なのに、指導と支配は常に紙一重になりがちで、ここが分岐点にもなっている。
適切に指導のできる先生のクラスの子どもたちは、良いことと悪いことの区別ができるし、先生を信頼してときどきふざけることもできるし、集中すべきところは集中できる、そんなメリハリのあるクラスの雰囲気があって、どこか明るい。
一方、“支配型”の先生のクラスの子どもたちは、常に先生の顔色を伺い、行動することが多い。先生は厳しさを醸し出していて、子どもたちは安心して過ごすことができないのである。些細なことでダメ出しをされることも多く、子どもたちは先生の望む行動の結果を目指すようになっていく。
支配する教育の本当の怖さは、声を荒げることもなく、もちろん体罰もせず、それでいて威圧で子どもを動かしているため、見た目からは「厳しくて指導力がある」「行き届いた教育」といった風に見えてしまうことである。

先生の意識一つで、“落ちこぼれ”にもなる

こうした「行き届いた教育」をしている先生は、意図通りに動けない子どもや指導が入りにくい子ども、そしてその家庭に対して、「親が子どもをちゃんとしつけ、見ていないせい」だと考える人もいる。
自分のする教育に対して疑問の余地がないために起こる、個々の子どもたちへの対応の温度差。それが疎外につながってしまい、先生の意識が“落ちこぼれ”を生んでしまうと、クラスではなかなかレッテルが挽回できなくなり、子どもはますます辛くなってしまう。

「ありのままの君でいい」と言う先生

学校によっては毎年のように担任が変わったり、数年間ずっと一人の先生が持ち上がりであったりと様々な形態があり、その度に家族ごとのドラマがあるように思える。
「本当に担任次第で伸びる子もいればそうでない子もいるね」という親同士の交わす話題が、実感を伴って理解できるようになったのは、我が子も学校に上がったからだ。
学校や先生の意向に寄り添う子どもでなくても、子ども一人ひとりの良さを見つけるのが上手な先生に出会うと、子どもだけではなく親が救われるようである。

北風と太陽の童話のように、温かい愛情を注いでくれる先生に出会いたい。
教育トレンドは毎年変われども、先生に恵まれたいという切実な親の願いは、おそらく永遠になくならないのだろう。

この記事を書いた人 おおつかけいこ 教師歴10年の経験をもつ教育者。ライティングの「ものかき」でマネージャーを務めるほか幼児教室も主宰 おおつかけいこの記事をもっと読む>>