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過剰な期待をやめられない親たち
教育

過剰な期待をやめられない親たち

親や教師による適度な期待は、子どもに自信を与え、期待通りの結果を残す傾向が現れるという「ピグマリオン効果」は有名である。アメリカの教育心理学者ローゼンタールによって提唱された主張で、大人の期待による一種の暗示作用のようなものである。
一方で、あまりにも高すぎる期待は子どもを伸ばすどころか、逆効果も指摘されている。
適度と過剰のあいだで、親の愛情の境界線はどう線引きすればいいのだろうか。

教育熱心な家庭だからこそ

「子どもには、将来絶対に〇〇〇になってほしい」
「子どもには男らしく/女らしく育ってほしいから、〇〇〇を絶対に習わせる」
「うちは家族みんな〇〇〇出身だから、子どももここしか入れるつもりはない」
「地元の子どもとは遊んでほしくない。子どもの遊ぶ友達は親が選んであげるもの」

こうした親の思いは、時に子どもの教育に熱心な親だからこそ出てしまうことがある。
学校選び、受験、成績への過度な干渉、習い事や塾、交友関係の質等々、子どもにまつわるあらゆることに親として最善を尽くそうとし、気づいたら自分の思いだけが前のめりになっていた、という話をよく聞く。
たいていの場合、気づくきっかけは子どもの反抗期が引き金になりやすい。
子どもが小さいうちは、親の手のひらに上手に乗せていたはずが、自我を持った子どもがいつの間にか手のひらから脱出していたのだ。そんな子どもたちは口を揃えて言う。

「自分はこうしたいと言っても、ことごとく親からダメ出しをされて、自分に自信がなくなった」
「もっと自分の話をちゃんと聞いてほしかった」

彼らは、小さな頃から何不自由なく大切に育てられたのだ。ただし、自分のことを選ぶ自由だけは与えられなかったようだ。

子どもは幼稚な存在ではなく、「一人の小さな人」

1970年から1990年まで20年間、NHKで「できるかな」という幼児向けの工作の子ども番組があった。ここに出てくるのは、工作上手な「のっぽさん」と「ゴン太くん」。
この「のっぽさん」役の高見のっぽさん曰く、子どもとは幼稚で未熟な存在ではなく、既に大人の言動をよく見ている「小さな人」と表現している。長年に渡り、多くの子どもたちと関わってきたのっぽさんだからこそ、の言葉にも思える。

子どもたちを正しい道へと導かなければならないと思うのは親心。
でも、私たち大人が子どもから本当に求められていること。
それは、子どもの話を真剣に聞くことと、子どもの選択を信じてあげることではないだろうか。

この記事を書いた人 おおつかけいこ 教師歴10年の経験をもつ教育者。ライティングの「ものかき」でマネージャーを務めるほか幼児教室も主宰 おおつかけいこの記事をもっと読む>>