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【連載】奇跡の連続!子どもを授かり無事に出産すること Part8 ~切迫流産~
家族 家族 2017.08.06

【連載】奇跡の連続!子どもを授かり無事に出産すること Part8 ~切迫流産~

出産病院へ転院

体外受精の疑いを受けましたが、後日無事に心拍を確認できました。
はれて妊娠3ヶ月に入り、出産するための病院へ転院の指示が出ました。
この時のために、病院は調べ尽くしていました。一生に一度のことかもしれないので、自然分娩を推奨する病院を選びました。

新しい病院で初めての診察。先生も助産師さんも、丁寧に話を聞いてくださいました。

また「赤ちゃんの生命力にかかっているので、医者でもどうすることもできないこともあります」と前置きされたうえで、「身体がおかしいと思ったら電話でもいいのでいつでも相談してください。」と言って下さいました。

直感で信頼できると思いました。
初めて出産に向かう大仕事。命を預けることになる先生です。
これまで複数の病院を渡りあるいた分、自分の直感は信じることができました。
ぜひ、これから出産を迎える方は、信頼できる医師、助産師を見つけることをお勧めします。

初診後、自然分娩をスムーズに行うためにと体重管理を徹底するよう助産師さんから指導を受け、体重増加の許容範囲は「プラス8キロ」までと言われました。
このしばりがこの先、大変なマタニティー生活に繋がるのです。

東日本大震災

3月3日ひなまつり。母子手帳をもらいに役所へ。この日に母子手帳をもらったので
「もしかして女の子かな」なんて予想したりしました。

その8日後、東日本大震災が起こりました。

その時、私は勤務中。21階建ての大きなビルの13階にいました。
大きく揺れ、長い時間ゆらゆらと船揺れのような状態で過ごしました。

夕方になり会社から帰宅指示が出ましたが、電車が止まっています。
歩いて帰るにもこの身体では不安ばかりでした。

会社が妊婦用にとベッドを確保してくれ、そこで一晩休むこととなりました。
その後も、エレベーターが使えない、暖房がつかない、電気が止まるという環境のため2日間妊婦は休むように指示を受けました。

まだ妊娠初期だったため、上司以外に妊娠のことは伝えていませんでした。
ですが、迷惑をかけることも増えそうだったため、妊娠していることを皆に伝えることにしたのです。
こんな大変な時に、嫌がられそうだな……と心の奥底で不安が高まりました。

震災では、多くの方が同じような経験をされたかもしれませんが、言葉では表せないほど大変な状況でした。私が大変だったなんて言ったら申し訳ないくらいです。
そんな中でも、妊娠の報告をしたときには祝福の言葉をかけてもらい自分は恵まれている環境にいるのだと改めて実感しました。

地震から1週間後のことです。
旦那さんが朝「ネクタイが結べない」と。
地震による重度のストレスによるものだと感じました。
妊婦だからと甘えていられない。
お腹の子も旦那さんも守るために強くならなくてはと決意した瞬間でした。

切迫流産

妊娠4ヶ月に入ってすぐ、夜、冷たいものを感じました。もしやと思いトイレへ駆け込むと出血が!慌てて病院に電話し、「すぐ横になること。朝になったら病院へくること」と指示されました。腰が痛く、また流産したのではないかと不安でひと晩中寝られずに過ごしました。
朝、仕事を休んでくれた旦那さん。最初に流産した経験のあとから、辛い時苦しい時は必ず側にいてくれるようになった旦那さん。側にいてくれるだけでどんなに心強かったか。
さて、旦那さんに連れられ暗い面持ちで診察へ、そして赤ちゃんの心拍を確認しました。

ひとまず良かったと安堵したのも束の間、1週間絶対安静を宣告されました。

妊娠期にも旦那さんが積極的に関わってくれると頼もしいものです。奥さんは一生感謝を忘れないと思います。
これを読んでいるプレパパさん、ぜひ覚えておいてくださいね。

【連載】奇跡の連続!子どもを授かり無事に出産すること Part9 ~悲しい別れと胎動~ に続く。

この記事を書いた人 まちださやこ 大手教育出版社出身の編集者@株式会社子育て研究所、保育士の資格をもつライター。2児の母。 まちださやこの記事をもっと読む>> 最新記事を毎日お届け
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