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方言へのささやかな愛
文化 2017.12.16

方言へのささやかな愛

私の故郷には、いわゆる方言があります。
もう20年以上も東京で暮らしているので、普段はごく自然に標準語で話しているのに、いざ帰省して誰かに方言で話しかけられるとこちらも途端に“方言スイッチ”が入ります。そんな時は頭の中で“外国語のバイリンガルの人の感覚って、こんな感じかしら”と思ったりもします。
私にとっての方言は、昔へタイムトリップする記憶のスイッチのようなもので、故郷の元同級生と会って話すだけで、一気に子ども時代に戻ったような気持ちになれるのです。

消えゆく方言

そんな方言も、年々話す人が減っているようです。
日本の深刻な社会問題でもある高齢化の波は、地方にある我が故郷にもずいぶん前から押し寄せていて、「若者は都会へ、父や母や祖父母は田舎に残る」というように、各世代が別れて暮らすようになったことで、方言の話し手人口も減少してきているのではないかと思います。

今後の世代は、さらに方言を使わない時代に

今年の夏、故郷に帰省した際に驚いたのは、小学生になった姪っ子がかなり標準的な日本語を話していたことでした。
あまりにイントネーションも違和感なく普通に話すもので、私は姪っ子と話す時だけは「方言スイッチ」が入りませんでした。
なぜ姪っ子はこんなに標準語なの?と妹に聞くと、「最近は、こちらでもこの子の幼稚園や小学校で割と同じように話す子が増えたの」「私たち夫婦もなるべく標準語で話し聞かせてるから」と教えてくれました。

このように、敢えて方言を使わず標準語で話して暮らす若い子育て世代が多くなり、子ども達もその影響を受けて話せるようになったようです。(私がまだ中高校生の頃は、転校生の家庭くらいしか標準語の子はいなかったので、もの珍しい対象でしたが)
そうすると、この先の私たちの祖父母世代、父母世代、私たちの世代、そして次世代と、方言の使用者は先細りするようにどんどん使われなくなっていくのかと、今さらながら寂しさを感じずにはいられませんでした。

大阪弁のように全国的な知名度もなく、京都弁のようにはんなりとした印象もない我が故郷の方言。
でも長く離れたことで改めて思うのは、なんだか話すとホッとして「帰ってきたなあ」と心から思える土地の記憶そのもので、このまま消えてほしくないという不思議な愛着が湧くのです。

この記事を書いた人 おおつかけいこ 教師歴10年の経験をもつ教育者。ライティングの「ものかき」でマネージャーを務めるほか幼児教室も主宰 おおつかけいこの記事をもっと読む>>
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