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「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」を観て思う背後の共同体
映画・書籍紹介 2017.05.25

「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」を観て思う背後の共同体

人はどうして夕暮れに懐かしさを感じるのか。それは帰るべき家へのターンを促す合図であり、あなたの帰りを待つ食卓があたたかく迎えてくれたいつかの記憶を呼び起こすからなのかもしれません。ふたたび家庭に受け入れられる時間のはじまりを告げる夕暮れ。

これについて一歩踏み込んで描いているのが、クレヨンしんちゃんの「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」です。昭和30年代を再現したテーマパーク「20世紀博」に入場した大人たちが、二度と帰ってこなくなり、そして21世紀が終わっていく、という衝撃的な作品でした。

なぜ大人たちは帰ってこなくなってしまったのか。それはノスタルジーにあふれた「匂いのある街」のせいなのだと作中では描かれていたように思われます。映画「パフューム ある人殺しの物語」を彷彿とさせるような、なにもかもを投げ捨てても、もう一度胸いっぱいに吸い込みたくなるその匂い。

ある種のノスタルジーというのは力強く、街全体を包んでいく夕日のように、個人の記憶や、世代の垣根を越えて、人を振り返らせる力があるように感じます。

例えば「三丁目の夕日」がこの角膜に触れた記憶なんて一片もないのに、あの暮れなずむ街並みが、どうしてこうも懐かしいのか。

これを考える上での大事なポイントは、過去が一様にノスタルジーの対象になるわけではないということです。文明開化。大正ロマン。戦時中。おそらくそのどれにも、昭和30年代のようなノスタルジーを感じられません。

なぜだろうかと疑問に思ってましたが、この作品を通して自分なりの答えがまとまった気がします。

昭和30年代的ノスタルジーの正体とは、一つに、背後の「共同体」があるのではないか。明るい未来を同じようにみつめて、同じような幸せを信じている人たちがつくりだす街の匂い。その前提により、お互いに助け合うことも寄り添うこともシンプルにできて、たとえ苦労があっても、つまづいてしまっても、あたりまえのように明日があった時代。

つまり「三丁目の夕日」がことさらに懐かしさを誘うのは、それぞれの帰路の疲れを、大きく、そして等しく無条件に包み込んでくれる家族のような共同体に紐付いているからであり、その匂いは子供の頃に大事にされた記憶に漂うものと、とても近いんだろうなと、そんな事を考えさせられました。

この記事を書いた人 関口オーギョウチ 埼玉在住。サブカルやマイノリティがつくるコミュニティに関心あり。矯めつ眇めつそこに宿る魂に触れたいなと思ってます。 関口オーギョウチの記事をもっと読む>>
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