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コミュニティとしてのレジリエンス 
コミュニティ 2017.09.03

コミュニティとしてのレジリエンス 

南太平洋に浮かぶヴァヌアツという国が面白い。
南の島の楽園の称号に相応しく、手つかずの自然が美しい。
そして人々は南国特有ののんびりとした穏やかさをもち、食べるものに困っている人がいたら、誰かがお裾分けを持っていくような隣人の助け合いが今も残っている。

日本にもかつてはこのようなノスタルジックな光景があったはずだ。
ただし、この地上の楽園にもいいことばかりではない。毎年のようにサイクロンが到来し、1年に2000回以上の地震が発生する自然災害の多い国でもある。

災害は、人の本性を浮き彫りにする

こうした自然の厳しさを経験してきたヴァヌアツ人は、自然との関わり方を熟知している。2015年のサイクロン・パムの直撃では、首都ポートヴィラが壊滅的な被害を受けた。自然の力に抗うことをしないヴァヌアツ人は、ただサイクロンが過ぎ去るのを待つ。
やがてサイクロンが通過後、待っていたかのように一人また一人と出始めては、倒れた街路樹や散乱した建築材を運び出す。

壊れた家を自ら修理する人、修理を手伝う人、使えそうな資材を拾う人。
こうして、ヴァヌアツでは政府の支援が始まる前に、個人が街の回復を始めていく。
彼らのもつ「自分たちで何とかしよう」という自己回復力(レジリエンス)の高さは、そのままコミュニティの強さにも繋がり、国の復興の大きな力になっている。

ある国際協力機関のレポートを読んで興味深かったのが、災害が起きると国によって3つのパターンが表れるという。

1つ目は、暴動や略奪が起こり、二次災害と共により深刻になるパターン。
2つ目は、政府主導の公的機関の救助を待ち、秩序的に冷静に行動するパターン。
3つ目は、政府主導の公的機関の救助に期待せず、国民が自ら行動するパターン。

2011年、日本で起きた東日本大震災発生では、略奪や暴動も起こらず、震災に対し冷静に対処している様子が、外国人の目から見た「日本の奇跡の光景」として世界中に報道された。

日本はこのパターンでは2つ目に当てはまる。子どもの頃から学校で避難訓練を繰り返し受けてきたから、冷静に対処できたのだろう。

一方、ヴァヌアツは3つ目だ。彼らは政府の助けを待たず、自ら動いていく。
「待つ日本人」と、「自ら動くヴァヌアツ人」の違いについて、国際協力機関のスタッフが目の当たりにして驚いたエピソードが、街路樹の対処方法だ。
道に倒れた街路樹があると、日本人は処理担当者を待ち、ヴァヌアツ人は自ら処理する。
自分たちでできることを、当たり前にやる姿勢が凛々しい。

冷静さでは世界から賞賛を受けた日本も、ヴァヌアツから学べるところがあるのではないだろうか。

この記事を書いた人 おおつかけいこ 教師歴10年の経験をもつ教育者。ライティングの「ものかき」でマネージャーを務めるほか幼児教室も主宰 おおつかけいこの記事をもっと読む>>
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