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八雲を魅了した日本は今
コラム 2017.06.05

八雲を魅了した日本は今

日本人は怪談の好きな民族だ。江戸時代のころから、番町皿屋敷や四谷怪談は有名だったし、現代でも口裂け女やトイレの花子さんは全国の小学生を恐怖のドン底に突き落とした。

そんな日本の怪談に興味を抱いた外国人がいる。その名はラフカディオ・ハーン。明治時代に日本に帰化し、小泉八雲と名乗った作家だ。彼の父親はアイルランド人だったが、八雲自身は形骸化したキリスト教や物質主義に陥る欧米に嫌悪感を抱いていた。彼が関心を抱いたのは、ギリシャ神話やケルトの妖精などの幻想的伝説だった。そんな彼が八百万の神々の国に心惹かれたのも、当然の成り行きだったのかもしれない。耳なし芳一や雪女など、人々から聞いた話を八雲は「怪談」という名前で本にした。今も読み継がれている名作である。

だが、八雲の本当の功績は、日本文化を海外に紹介した点だ。異文化に触れた時、人々は自分の持つ価値観や習慣性で物事を捉えてしまいやすい。早く言えば色眼鏡で見てしまうということだが、八雲の場合は主観的な見方はしなかった。いや、むしろ西洋とは異なる宗教と風俗の中で暮らす日本人の姿に高尚な道徳性すら感じていた。

八雲の書いたエッセーで、大阪での見聞を記したものがある。その中で彼が特にページを割いたのが、商人と丁稚の奉公人との関係についてだ。当時、奉公人は主人に無報酬で長時間働かされ、与えられる食事も質素なものだった。しかし、両者の関係は極めて良好で、主人は絶対に奉公人を罵ったりせず、それどころか奉公人が独立する時には支度金まで出していたそうだ。八雲はこの関係を絶賛した。外的な労働条件を越えた、両者の深い信頼関係と、その根底にある日本人の素朴で純粋な道徳心に感銘を受けたのだ。

また、日本の神道にも八雲は深い理解を示した。神社の前に立つと、不思議な気持ちや恭しい敬意が呼び起こされると感想を残している。幻想的な霊の世界に関心を持っていた八雲だからこそ、柔軟に受け止めて表現できたのだろう。

このように日本は、過去において八雲を魅了した高尚な文化の国であったが、現在はどうであろうか?彼は「ある保守主義者」(平川祐弘訳)というエッセーの中で、西洋社会の様子を「さっさと急いで過ぎていく何百万という人」「交通機関の絶え間ない騒音」「魂のない巨大建築」「計算ずくめのメカニズム」にあふれ、「理想はどこにもなかった」とつづっている。この八雲の嫌悪した西洋社会は既に日本の一部になっているのではないだろうか。純粋な道徳心や神仏への崇敬が、今も日本に受け継がれているのかどうかは重要な問題だ。日本のあるべき姿を再検証すべき教科書の一つが、小泉八雲なのかもしれない。

この記事を書いた人 青井坂道 歴史・文学・自然・思想の好きなライター。ただいま、自己研鑽に励む日々を送ってます。 青井坂道の記事をもっと読む>> 最新記事を毎日お届け
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