「さあ立ち上がれよ!」地域コミュニティはその担い手が誰かのために「立つ」か否か
永遠の“ヤングマン”西城秀樹が亡くなった。享年63歳。葬儀後に歌手仲間の野口五郎が彼の秘話を語っている。それを聞いて、心打たれた。
秀樹は1度目の脳梗塞(48歳の時)で言語障害の後遺症が残った。「秀樹は会見で『引退する』と言おうと思った瞬間、『2人目のお子さんがもう少しで誕生ですね』と質問があった。あの言葉で秀樹は引退を言えなくなった」。秀樹はファンのこと、子供のことを考えて引退を踏みとどまったという。
その後、56歳で2度目の脳梗塞を発症。右半身麻痺と言語障害の後遺症が残った。
五郎が秀樹の還暦パーティでハグした時のこと。「僕の全身が震えた。こんな、ぎりぎりで立っていたのか。こんな状態で、ファンの皆さんの前で立っていたのか。そこまでして立とうとしていたのか」。秀樹は歩くことはもとより、立っていることさえ苦しい状態。それでも、ファンのためにステージに立ち続けたのだ。
日本レコード大賞を何度も獲得、野球場や日本武道館で初めてリサイタルをやった…。そういうことより、ファンや国民に元気を与えようと公の場に立ち続けたことが凄いと思う。
半身不随によるヨタヨタした歩行、ゆがんだ口元、言語障害によるギコチない発音…。落ちぶれたもんだなぁ、みじめだなぁ、と周りから哀れに見られるような姿。恥を忍ぶ心よりも、ファンを勇気付けようという心が勝っていた。
もし秀樹が安らかな老後を最優先し、引退していたら、果たしてファンや国民を勇気付けられていただろうか。誰かを励ましたい一心で、残された命を生き抜いた。どんなにダメージを受けても、誰かのために「立ち続ける」。これは選ばれた人間にしかできない高尚な特権なのかもしれない。
テレビでは連日、日大アメフト部の危険タックル問題を報じている。日大の監督やコーチからは秀樹のような利他的・自己犠牲的精神が伺えない。実に対照的だ。
社会福祉協議会が高齢者などの生活を手助けする「生活支援コーディネーター」を増やそうとしている。ところが、これが思うように行かない。ちょっとしたサロンや健康体操をやろうとしても主体的に動いてくれる「担い手」が確保できないのだ。
地域コミュニティの課題はとにかく「担い手」。誰かのために「立つ」、“精神的ヤングマン”が出てこなければ、社会福祉は向上しない。
満身創痍でもいい、微力でもいい。要は「立つ」ことだ。「立つ」人がたくさん出てくれば、地域も社会も良くなっていく。
地域コミュニティはその担い手である役員が「立つ」か否かにかかっている。
ヤクイン さあ立ち上がれよ
ヤクイン 今翔びだそうぜ
ヤクイン もう悩むことはないんだから
ヤクイン ほら見えるだろう
ヤクイン 君の行く先に
ヤクイン 楽しめることがあるんだから