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人生の最期に何を思うか ~3つの行動パターン~
家族 2017.08.17

人生の最期に何を思うか ~3つの行動パターン~

“愛する人が息を引き取る時、その人は最期に何を思うのか”
家族や大切な人を亡くした経験のある人は、一度は考えたことがあるのではないだろうか。

中には幸運にも最期に会話を通して知ることができる場合もある。
一方でその場面に立ち会えなかった場合、残された人々は知る由がなく、答えの出ない想像ばかり膨らむ。
そんな永遠の問いに対し、一つの答えになり得るかもしれないものにであった。
それは「TED」の無料配信で見た、ある救急救命士の講演だった。

死の告知のジレンマの先に見えたもの

マシュー・オライリー氏は、ニューヨーク州の救急救命士で、交通事故から自然災害まで、人間の生死を分ける極限の現場を数多く見てきた人物である。
そこで手の施しようもなく患者があと数分しか命がない時、真実を伝えるか、それとも嘘をつくべきか、常にジレンマに陥っていたことを冒頭で告白している。

彼はある日、事故で存命僅かな患者から「自分は死ぬのか?」という問いを投げかけられ、それまでの慰めの嘘ではなく、真実を伝えることにした。
これは、彼にとって一か八かの決断だったが、彼の言葉を聞いた患者の目には安らぎが宿り、全てを受け容れて亡くなったという。
オライリー氏は、この経験から「死にゆく人を、嘘で安心させるのは正しくない」という考えに至ったと語る。そして多くの患者を看取ってきた彼は、人が生と死の狭間で見せる最期の行動として、3つのパターンを見い出したという。

人は死ぬ時、自らの存在を振り返る

1つ目は、許しを請うこと。
人は人生を閉じる瞬間がわかるらしい。その時が来ると罪滅ぼしの言葉を口にするという。心につかえたものを全て消化してから逝きたいと思うのは、自然なことかもしれない。

2つ目は、永遠に記憶に残りたいと願うこと。
家族、恋人、友人。誰でもいいから自分のことを覚えていてほしいと思うのは、誰かの記憶の中で生き続けることが希望に思えるからだろうか。

最後の3つ目は、自分の人生の意味をを振り返ること。
人はどんな人生を送ろうとも、自分の人生には唯一の意味があったと総括し、納得したいという欲求がある。

この講演を聞いて思ったのは、人というものは死期が迫る時、自らを恐怖に晒さず、自分の人生の幕引きをする正しい力を宿しているということ。
私も数年前に父を亡くしたが、最期立ち会えなかったことが未だに心残りで仕方ない。

でも、おそらくあの父のことだから、ポジティブに幕引きしたに違いないと思えるようになれて、やっと肩の荷が下りたような気がした。

この記事を書いた人 おおつかけいこ 教師歴10年の経験をもつ教育者。ライティングの「ものかき」でマネージャーを務めるほか幼児教室も主宰 おおつかけいこの記事をもっと読む>>
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