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バベルの末裔 - 他人の気持ちを理解するために私達にできること
コミュニケーション 2017.07.19

バベルの末裔 - 他人の気持ちを理解するために私達にできること

「昨夜は家に帰ったら暗いままにしてひとりで座ってたんですよ」と溜息まじりに言ってるのに、ついつい「なぜ電気をつけなかったんですか?」と返してしまう。

程度の差はあれ煩雑な日常でのコミュニケーションは、そんな表面的なものになりがちな気がする。仕事をせわしなく進めないといけない職場ではなおさらだ。そんな習慣に引っ張られて、友人とのとりとめのない会話の中でも相手に配慮したコミュニケーションを取り損なってるなと自分自身を省みる事が少なくない。

「ひとりでいたんですね。寂しいきもちだったんですかね」そう応えればいいはずなのに。

「傾聴」すること。相手の話に耳を傾け、共感して気持ちに少しずつでも寄り添うことが人間のコミュニケーションにとっては極めて大事なことなのだ。

旧約聖書に記される「バベルの塔」は、壮大な事業に取り組んでいた優れた人間たちが神の怒りをかってしまう話だが、神の鉄槌が下されて塔が物理的に破壊されたわけではなく、言葉が通じなくなって、袂を分かってしまうところに教訓としての含蓄がある。

これについて個人的には、バベルの塔の話は、言語的な混乱が生じたのではなく、大きな目的を掲げ、その完成に向けて取り組んでいく中で、いつの間にか相手の話が聴けなくなり、他者となっていってしまった悲劇を描いているだけなのではないかと感じられてしまう。

人間はいつだって考えや気持ちを他者に受け入れてもらいたいものである。それが自らが肯定されるための糸口であることを知っているからだ。

そんな「共感的理解」について、興味深い話を耳にした。愛情ホルモン、共感ホルモンとも呼ばれるオキシトシンは、ストレスを緩和し幸せな気分をもたらすホルモンであり、出産後に分泌量が増えることが知られている。

しかし同時に攻撃性を高める作用もあり、それが育児に協力的でないパートナーに対し、強いイライラを感じさせるという。味方を攻撃することは一見合理的ではない印象を受けるが、育児を一人で抱え込まず協力的な環境を整え、危険を排除するために人類が培ってきた仕組みのようにも思えてしまう。育児を母親だけで完結させないことを促すイライラは、人間のポリス的動物という面を考える上で重要な意味を含んでいるように感じられる。

ただこの母親のイライラやストレスは、パートナーが傾聴をすることにより、抑えられるという。直接的に育児に関われなかったとしても、育児の大変さ、辛さを真剣に聴いて、その気持ちに寄り添う共感的理解や肯定的な配慮を示すことにより、イライラが取り除かれ本来の愛情ある状態が前面にあらわれるというのは、とても興味深い。

いずれにしても我々バベルの末裔は、相手の話に耳を傾けること、気持ちに寄り添うことを忘れてしまいがちだ。今まで築いてきたものの土台のレンガが痛んでいることに気がつかず、相手の言葉が分からなくなったことに、通じなくなったことに、まるでなにかに化かされたかのように口をぽかんとあけてたじろぐ。

だから、せわしない日常のなかで、相手の話を聴くためだけにコーヒーを淹れる時間があってもいいはずだ。人は大抵、飲み込めない気持ちを抱えて生きている。こちらに言い分があってもそれはまた別で伝えればいい。ロジカルもソリューションも後回しでいい。1杯を飲み終わるまでは、例えば「ありがとう」だけでも一言伝えられれば、他はなくてもいいと思う。

この記事を書いた人 関口オーギョウチ 埼玉在住。サブカルやマイノリティがつくるコミュニティに関心あり。矯めつ眇めつそこに宿る魂に触れたいなと思ってます。 関口オーギョウチの記事をもっと読む>>
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