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NYで路上アーティストをみつけたら。《「ミリキタニの猫」に考える社会的包摂》
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NYで路上アーティストをみつけたら。《「ミリキタニの猫」に考える社会的包摂》

この時期だからなのか。庭を横切った1匹の猫を目で追っていて、コミュニティから距離を置いて暮らしたある猫の事を思い出した。実際は猫ではなく、ニューヨークで路上生活をしていた気高いアーティストの三力谷さんのことだ。

映画「ミリキタニの猫」

リンダ・ハッテンドーフ監督は9.11直後の混乱するニューヨークで以前撮影したことのあるミリキタニと再会する。ネガティブな感情がふつふつと勢力を強めていく街で、カメラをまわしているだけの観察者である事に耐えられず、なにかポジティブな行動がしたいという想いが湧き上がり、ストリートで猫の絵ばかりを描いているミリキタニを粉塵の危険から守るために家に泊める事にする。

若い女性監督と偏屈じいさんとの共同生活。そうやって他者の人生に一歩踏み込むことにより動き始めるドキュメンタリー映画「ミリキタニの猫」はとても印象的な作品だった。

リンダの家のテレビで反イスラム感情が高まっていくアメリカをじっと見つめるミリキタニ。彼が太平洋戦争時に日系人として、米国市民でありながら強制収容所に連行された過去のストーリーは、混乱するニューヨークに漂っている支配的な感情と絡みつくようにリンクしていく。

新しいコミュニティ

個人的には、戦争という非常時においては特殊な制約が発生することや、治安上危険とみなされる集団に対して、建て前であっても「分離すれど平等」として距離を設ける事が、一概に間違いだとも言えない気がしている。ただどうも気になるのは、敵性外国人と定義されたミリキタニを含め12万人にとっての帰属すべき「コミュニティ」のあり方の変遷である。

収容所政策は隔離のためだけではなく、アメリカ民主主義の精神を共有する「アメリカン・コミュニティ」への同化がテーマになっていたそうだ。しかし日系人の移民の歴史は浅いわけではなく、各々が苦慮を重ねてアメリカ社会に積極的に参加してきた過程がすでにあったわけで、アメリカでの大学教育を受けた愛国市民的な2世もいれば、また地域社会に日本人コミュニティを展開し経済的な基盤をもっていたものもいる。またミリキタニのようにアメリカ生まれでありながら10代まで日本で育ち「移民の国」としてのアメリカの自画像に憧れその理想を信じて再び帰ってきた帰米組も含まれてた。

そのような日系たちが各々の距離・深度で、日本コミュニティに関係をもっているという様々背景や多様性を無視して引き剥がして集めてきた上に、一緒くたに敵性外国人として「アメリカン・コミュニティ」への上書きを強引に図ったため、そこにかなりの摩擦や反発、齟齬が生じたのは避けられないことだっだと考えられる。

ミリキタニの孤立

そして収容所内のオーガナイズがうまくいかなかったためアメリカへの忠誠の度合いを確認して、不忠誠なものたちを別の収容所に排除する「二重の隔離」が行われる。徐々に家父長制的な日本コミュニティのベースになる役割をもつ人物たちも排除されていき、アメリカと日本に並列的な愛着を持つ事を容認しない状況を作り出してしまったのだ。

そんな過程もあいまって、日系人のなかでも親米派と親日派の対立は加熱していき、そこに大きなシコリを残したまま分離されていった。日米親善の楔を自負していた彼らのアイデンティティも損なわれていったのだと想像する。そして当然、戦後の日系コミュニティの主体は親米派たちに委ねられるわけだが収容所体制から脱却できずに、どこかのっぺりと意志なく「模範的なマイノリティ」としてお膳立てされてアメリカ社会に溶け込んでいった印象すらある。

ミリキタニが日系コミュニティに帰属できず路上で孤立するに至った背景はそういうところにあるような気がした。

コミュニティへの包摂

新しいコミュニティへの包摂を進める上で危険な事は大雑把なカテゴライズ
を対象に押し付けることであり、また大切な事はどれほどの力関係の優劣があったとしてもインタラクティブな合意形成を疎かにしない事ではないだろうか。善意の人材がたちまち宿痾となることもあるわけだ。それを避けるためには、その個人がどこからきた何者なのかを丁寧に読み取り、適応を妨げるものがなんなのかを真摯に探る事が大事だったのではないかと思われる。それはいわゆる社会的包摂についても同様のことが言えると思う。

なんの繋がりもなくニューヨークで生きていた映画監督と路上アーティスト。監督にとってはある意味でふと見つけた猫の孤独が気になって追いかけたつもりが、いつの間にかアメリカ社会が抱えるいくつものテーマを背負った老人の尊厳にカメラをフォーカスしていたような作品であり、三力谷さんにとっては、監督に促されて、もう一度自分がどこからきた何者なのかを辿っていくことにより、またなによりもアーティストとして繰り返し表現し続けたものを受けとめる鑑賞者に出会うことによって、気の遠くなるような時間を経てようやくアメリカを受け入れることができた魂の救いを映した物語だと感じた。

またその計らいが見事になされたのは、いつのまにか2人の関係がお爺さんと孫娘になっていった事も大きく後押ししていたんだと思う。

この記事を書いた人 関口オーギョウチ 埼玉在住。サブカルやマイノリティがつくるコミュニティに関心あり。矯めつ眇めつそこに宿る魂に触れたいなと思ってます。 関口オーギョウチの記事をもっと読む>>