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ライカの事を考える休日
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ライカの事を考える休日

先日、つくば市の友人に会いに行った際に、よかったら寄って行かないかと急遽案内してもらった筑波宇宙センター。敷地内に設けられている展示館「スペースドーム」は一般公開されていて、事前予約なしでも入れるとのことでした。ドームは主張のないシンプルな外装からは想像ができないくらい、屋内には実物大の人工衛星や本物のロケットエンジンが展示されていて、非日常的な空間が広がっています。特に人工衛星については、地球の周りを回っている事を知らなかったわけではないですが、実際にその造形を目の前にすると、衛星がはるか頭上を周回しながら地上と通信を行っているという事実に、気の遠くなるような妙な感覚を覚えました。

ただ現時点で三千以上の衛星が回っているというので、つい気になって友人に「衛星同士がぶつかることはないのか?」と尋ねたところ、基本的にすべてが監視下にあり、ぶつからないように計算されていて、いざとなれば調整もできる。なにより宇宙は広大なので大丈夫。というニュアンスの話をしてくれました。なんだか簡単に剥がれてしまいそうな金色アルミホイルのようなもので包まれた実物大の展示品を前に、これを宇宙に打ち上げて、地球の軌道に乗せて運用している人たちがいる事についても、にわかには信じがたい気持ちになります。

孤独な金属の塊

そんな説明を聴きながら、ふと村上春樹の「スプートニクの恋人」を思い出しました。「彼らは孤独な金属の塊として、さえぎるものもない宇宙の暗黒の中でふとめぐり合い、すれ違い、そして永遠に別れていくのだ。かわす言葉もなく、結ぶ約束もなく」という一節が印象的な作品。スプートニクというのは、人類初の人工衛星に付けられた名前で、原義の「付随するもの・同行者」から転じて「衛星」を意味するとのこと。そしてその2号にはライカという名前の犬が1匹のみ搭乗したというのは有名な話です。

小説では登場人物の3人がそれぞれの軌道を周回する運命から逃れられず、並走していたかと思えば微妙な角度の違いで少しずつ遠くなっていき、また例えば衝突コースでニアミスした挙句にバランスを崩して大気圏に突入し跡形もなく消滅する。そんな「出会い」と「喪失」を不可避的に繰り返す人物たちの孤独を人工衛星に喩えた作品だったと記憶しています。

さよならスプートニク

友人と別れ、帰りの高速道路で車のナビの指示を仰いで家路を急ぎながら、この現在地の表示も4つのGPS衛星とのやり取りによって正確に測位計算されているんだなと、普段は意識しない人工衛星の存在に思いを馳せてみつつ。そしてその総数と比べると圧倒的に少ない自分の人間関係にスライドさせてみると、さっき衛星同士がぶつかることを心配した事が少し滑稽にすら思えてきました。それはつまり二度と地球に戻れないライカの事を考えるみたいに、気にはなっていても、もうお互いに関わることがないだろう人たちとの事をもどかしく感じながらも、その状況を受け入れて日常を過ごしている自分の軌道が薄っすら見えたからなのでしょう。

それなら、すっかり乗せられてしまっている軌道からたまには自由になる事も、計算と調整を根気強く繰り返して相手との距離を縮める事にも、もう少し意志をもって企てたりしてもいいんじゃないかなと、そんなことを漠然と考えさせられる休日になりました。

この記事を書いた人 関口オーギョウチ 埼玉在住。サブカルやマイノリティがつくるコミュニティに関心あり。矯めつ眇めつそこに宿る魂に触れたいなと思ってます。 関口オーギョウチの記事をもっと読む>>